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GAKKOTEN2026 レビュー結果発表

若い感性で切り取られる“今”を感じる写真を発表する場として、2019年よりスタートした屋外展示「GAKKOTEN~大学・専門学校屋外写真展~」。今年は7月27日から8月6日までの間、せんとぴゅあⅡ芝生広場にて、大阪芸術大学、九州産業大学、東京工芸大学、専門学校東京ビジュアルアーツ・アカデミー、日本写真芸術専門学校、日本大学の6校にご出展いただき展示を行いました。

今年のGAKKOTENでは、学生のみなさんにとってさらなる写真表現の向上につなげてもらうべく「写真甲子園」の審査委員による作品講評の機会を設け、レビューコメントをお寄せいただきました。浅田政志審査委員、鵜川真由子審査委員、小髙美穂審査委員、GOTO AKI審査委員の計4名のレビュワーから、各2名ずつ選出いただきましたのでその結果を発表いたします。

 

浅田政志選

東京工芸大学 DING YIFAN 『Nocturnes』

夜の静けさ、闇の匂いが伝わってきて、タイトルにもあるノクターンが写真から奏でられているような作品だなと思いました。風景や人物写真や、物撮り?のような違う対象を撮っていても、同じ秩序を持っているので、混ざり合っても違和感がなく、もしろスケールの大きな表現になっていますね。個人的に特に印象的だったのはベットで横たわっている人物の一枚です。今回は屋外での展示でしたが、壁が黒く暗い室内で、淡いスポットライトを浴びた環境で写真を見てみたいと思いました。これからもぜひYIFANさんにしか撮れない写真を求めて闇に身を置いて、微かな光を見つめてもらえたらと思います。応援しています。

 

大阪芸術大学 竹本 紘子 『11月7日』

父親の死が写真の根っこにあります。私も今年父が亡くなったのでキャプションを読んで気になりました。しかし竹本さんは父親とは一度も会ったことがないそうです。写真は海や窓や父親ではない誰かが写っているが、どの写真も父親の気配を探すような視線で、目では見えない存在の魂を捉えようとしているのが伝わってきました。しかし、目では見えないものを撮ろうとした時、簡単に撮れるはずの写真が途端に難しくなるものです。だからこそ、これまで様々な写真家が試みてきたでしょうし、もし竹本さんが父親の気配を捉えることができたと実感できたなら、1人でも多くの人に伝えて欲しいと思います。これからも頑張ってくださいね。応援しています。

 

鵜川真由子選

日本大学 竹野 陽向子 『ALLURE.』

ジェンダーについてさまざまな議論が交わされる現在、『女らしさ』という言葉を使うことも難しいと感じます。けれど、女が女であることに喜びを感じ、自分自身を慈しむ。シンプルなことだけど、作者にとってはとても重要なことのように思います。内から発する情熱の赤は、社会の規範や性を超えたところにある、自身の存在を示す魂の叫びとも言えるのではないでしょうか。とはいえまだ迷いが見える部分もあり、その荒削りな危うさが目を引く反面、可能性の余白でもあると思います。ご自身にとって『赤』という色が持つ意味を、さらにもう一段掘り下げてみてほしいです。表層の美しさに潜む毒こそが、作者の本質のように思います。正しさを求めようとせず、抗うことをやめず、美意識を磨き、そして貫いてほしいと思います。

 

大阪芸術大学 米本 千夏 『命の名前』

添えられた文章の美しさに引き込まれました。ちょっと美しすぎるかもしれません。
写真の先に、この問いへの答えがあるのでしょうか。私にはそのようには思えませんでした。なぜならその必要がないからです。目の前にある瞬間を、通り過ぎるイメージを、掬い取っている。その事象が大切なことだからなのか、そうでないのかはあまり重要ではない気がします。ただただ、そこに在る。それ自体が愛しいことなのです。死を想うからこそ、強烈に生を感じるのかもしれません。それがこの作品に漂う、掴みどころのない存在感の理由なのでしょう。
わからないままでいいこともあるのかもしれない、私はそう思うのです。それが作者の内に眠る、まだ言葉にもなっていない『美』を、『美』たらしめているものなのではないでしょうか。
言葉で示すより、写真が雄弁に語ることもあるのです。

 

小髙美穂選

日本写真芸術専門学校 角田 昊 『つづくいのち』

光は、地球上の生命が生きていく上で欠かすことのできない存在である。「はじめに光があった」という聖書の言葉のように、光は生命や世界の始まりを想起させる。『つづくいのち』では、かつて生きていた植物の像が、光によるクロロフィルの変化を通して葉に痕跡として刻まれている。そこには、「かつて生きていた」いのちの記録と、「生きながら変化している」葉のいのちが重なっている。その像もまた葉とともに変化し、やがて消えていく。写されたドライフラワーと支持体である葉の関係は定かではない。しかし、その植物はかつてこの葉と共に生きていたのだろうか、あるいは葉がかつて眺めていた風景なのだろうか。消えゆく像だからこそ、そこに存在した生命と時間について、さまざまな想像を膨らませてくれる作品である。

 

大阪芸術大学 宮田 朝暉 『池島、夕張』

炭鉱はかつて日本の産業を支え、戦後復興の歴史を物語る存在である。本作は池島と夕張という、炭鉱によって形成された二つの共同体を通して、産業の衰退後にも残り続ける人間と土地の関係を見つめている。閉山とともに役割を失った土地は、単なる「過去の遺物」ではなく、今も人々の生活が続く場所である。風景の中に幻のように浮かび上がる古写真や、老人の皮膚に刻まれた痕跡は、かつての労働と生活の記憶を宿しているように見える。本作は、失われた時間と記憶を静かに想起させると同時に、今なお確かに息づいている土地の気配を立ち上がらせている作品である。

 

GOTO AKI選

専門学校東京ビジュアルアーツ・アカデミー Wang Yuhao 『残潮』

海岸に打ち上げられた漂着物や骨、人工物、そして砂に刻まれた痕跡をモノクロームで捉え、「残ること」と「失われること」の境界を静かに見つめた印象的な作品です。深い黒から繊細なハイライトまで美しく表現されたプリントは、被写体の質感や静かな空気感を十分に引き出しています。テトラポッドと猫を写した一枚には、生と死、自然と人工が同じ風景に共存する不思議さがあり、本作の核となる視点が端的に表れています。一方で、ステイトメントでは、海が痕跡を残すという観察、生と死や自然と人間への関心、親しい人を亡くした体験、「完全には失われない存在」を見つめる姿勢など、複数の視点が並列し、作品の主題がやや見えにくくなっています。写真も同様に要素が多く、焦点が分散している印象です。「何が残されたのか」を説明するのではなく、「残されたものを作者がどのような眼差しで見つめたのか」が伝わるよう、撮影距離や構図、写真同士の組み合わせにさらに一貫性を持たせると、作品の強度は一段と高まるでしょう。

 

九州産業大学 遠藤 大晴 『ちいさくゆれる』

窓越しの風景や草木の影、夕暮れの光など、日常のなかでかすかに移ろうものを、柔らかなピントと抑えた色彩で捉えた作品です。被写体を明確に説明せず、ガラスの反射やぼけ、光のにじみを積極的に取り入れることで、見ることと感じることの間にある曖昧な感覚。「小さく揺れる」というタイトルも、草木や光の動きだけでなく、作者の内面に生じた微細な心の変化を想像させます。一方で、同じ調子の写真が続くため、全体が均質に見える部分もあります。距離や明暗などに変化を持たせ、静かな写真の中に一枚だけ異なるリズムや強度を加えると、写真相互の関係が生まれ、「揺れ」という感覚がより豊かに伝わるでしょう。

 

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選出されたみなさま、おめでとうございます!

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