AWARDS東川賞
新人作家賞
受賞理由
写真集『長い間』(ナナルイ、2023年)、写文集『いなくなっていない父』(晶文社、2023年)に対して
1981年京都府生まれ。大学在学中にインターメディウム研究所に通い、写真家の鈴木理策のワークショップを受ける。写真を撮り始めたころは、写真によって生じる「切断」の機能、いわば「よくわからなくする」写真のありようにひかれ、対象やテーマなどは設定せずにスナップ写真を撮る。2000年に入学した大学を2年休学し6年目の2006年に写真「ひとつぼ」展に入選。就職活動はやったがうまくいかなかったので、コンペ入選をなんとなくの言い訳にフリーターになり、アルバイトをしながら写真を撮るようになる。だが、次第に自分の写真がパターン化しているように感じ、これまでのいわば「無意味」を志向するような方向性では続けられなくなる。将来への不安に駆られ胃腸も悪くする。環境を変えようと2008年東京藝術大学の大学院を受験し、進学できることに。ただ、それでも何を撮ればいいのかわからずに迷走しているとき、父が数年ぶりにいなくなる。父はしばらくして戻ってきたが何もせずに家にいるようになる。このことを機に、これまではやらなかったことをやってみようと思い、父を撮り始める。父と関わるなかで起こったことや感じたことを日記につけるようになる。父を撮ることで、写真には思いのほか様々なものが写ってくることを実感し、写真と出会い直す。2016年に青幻舎より『father』刊行。『father』という作品によって父が「失踪する父」として固定されていくことへの反動として、失踪ばかりしているわけではない父のことや自分のこと、写真のことについて書いた『いなくなっていない父』を2023年晶文社より刊行。今では言葉を書くことが自身の活動にとって欠くことのできないものになっている。
2010年より病院で暮らしている伯母の身元引受人になり、たまに会いに行って写真を撮るようになる。2020年に伯母が亡くなるまでの写真と日記で構成された『長い間』を2023年ナナルイより刊行。父や伯母についての日記を書くなかで日記というメディアへの関心が高まり、日記に関するワークショップのファシリテーターをおこなうようになる。
現在は、長崎の平和祈念像やカトリックの文化、自身の信仰等々について扱った『祈り/長崎』を制作中で、書肆九十九より刊行予定。また、複数人で暮らしている自身の生活を撮影した作品も制作中で、こちらも出版に向けて編集作業を進めている。
作家の言葉
このたびは東川写真新人賞をいただき誠にありがとうございます。写真に撮られることを受け入れてくれた父と伯母に深く感謝したいです。
『father』を出版する前、話をするために父に会いに行きました。自分のことが主題となっている本が世に出ることについて、父の気持ちを聞いておきたかったからです。
父は「お前が本にしたいならそうしたらいい」と言ってくれました。その反応は予想通りだったのですが、私が本当に聞きたかったのは「私の思いどうこうはさておき、あなた自身はこの作品のことをどう思っているのか」ということでした。ただ、私がいくら聞き方を変えて尋ねても、父の答えは「お前がしたいならしたらいい」以上のものではありませんでした。
父はそのとき次のようなことも言いました。「お前がやっていることが何なのかを理解しているわけではない。でもだからと言って、お前がやっていることにどうこう言いたいとは思わない」
このような私と父の関係がよいものだと言いたいわけではありません。むしろあやうさを孕んでいるとも言えると思います。ただ、このような関係のなかで父が私に自分自身を差し出してくれたからこそ、『father』のような作品が生まれました。
写真という場において自身の存在を私に差し出してくれた父と伯母に、今回の受賞を捧げたいです。
金川晋吾
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